坂東巡礼――三十三観音と心の法話 

坂東札所霊場会監修

文・絵  五叟鐵太郎(ごそう・てつたろう)

四六判 並製本 本文304ページ 本体価格2、000円+税 送料サービス

本書は、「巡礼」という行為は何によって始められたのか、また、巡礼創始から800年の歴史の中でどのような習俗を生み、今日においてどのような意義や価値を有するかなどを、坂東の各札所寺院の紹介と共に詳しく解説しています。

〈坂東観音札所はどのように成立したか〉坂東観音札所が成立したのは、鎌倉時代初期の頃と考えられています。源頼朝の篤い観音信仰や実朝の罪業意識(平家を滅亡させ東国武者の多くが戦場で悲運に斃れた)、さらに相模国・武蔵国の寺院の連携(真言・天台寺院の連携による坂東への浄土教伝播の牽制)などによって機が熟し、観音系寺院が結束して坂東三十三観音札所が成立したと考えられています。実朝が没して15年後の天福2年(1234)には、茨城県の日輪寺(坂東札所第二十一番)を巡礼した僧が仏像を彫った記録が残っており、少なくともそれまでに西国三十三所を移植するかたちで坂東にも札所が成立していたことが史料的な面からも窺えます。観音巡礼は身一つで出来ることから、室町時代頃から僧侶や貴族、武士たちだけでなく、一般の人々たちにも広がっていきます。そして、江戸時代には農閑期などに遊山気分も交えながらの観音巡礼が大衆化していきました。

〈巡礼の習俗、そして魅力〉しかし、もともと観音巡礼は求道や懺悔の旅であり、心の浄化や悟りを得ようと肉体を酷使する苦修練行の旅としても位置づけられていました。ですから、白衣に菅笠、金剛杖をもって歩くその装束は死をも覚悟した「死に装束」であり、旅の途中で死ねば金剛杖が墓標にされたといわれます(巡礼で用いられる金剛杖の上部は五輪塔婆が形作られており、杖には氏名と住所を書くことになっていました)。坂東観音札所の総延長は1300キロで、昔の健脚の人でも終えるまでに一か月以上はかかったようです。現在は関東圏ならば日帰りでも10回程度で全ての札所を巡ることが可能です。しかし、観音巡礼には、歩いて札所を巡っていた時代と同様に、いまも大きな意義や価値があるはずです。何故ならば、各寺院には清浄な空気が満ちており、古い堂塔や、豊かな自然など、至心に巡る過程で心の浄化を促されるものがあるからです。日本人が昔から大切にしてきた人生や生活の価値観にも思いを馳せることができ、生きることの新たな気づきを得られるかもしれません。もちろん、歴史的建造物や境内域の大自然にふれて知的好奇心を刺激したり、新鮮な空気を吸って心身をリフレッシュすることでも、観音巡礼の手応えを大いに感じられるはずです。また、巡った寺院で納経印をもらって、巡礼の醍醐味を実感してみるもの良いでしょう。

〈本書の特長〉各札所を1か寺ずつ巡っていくかたちをとり、各札所の住職などの法話を交えつつ、現代人が「巡礼」を人生や生活にどのように生かしていけるかについても問い、考えていく構成としています。また、観音巡礼を具体的に始めようとする人たちに、各寺院の縁起や仏像(本尊)・堂塔の特徴、境内の概要などを案内しています。加えて、本書では写真を一切使わず、各寺院の特徴をイラストで描いています。イラストは新しい画法を研究する筆者の作品です。

五叟鐵太郞 ごそう・てつたろう〉 文筆家・イラストレーター

文筆活動=月刊誌で連載記事などを執筆。経済・工業分野をはじめ寺院めぐりなど幅広く取り組む/絵画制作=色鉛筆画をはじめ水彩画・油彩画・ペン画の作品を制作。個展、グループ展の開催とともに、月刊誌へ 表紙絵や挿画を提供。また、単行本などの装丁などにも取り組む。絵画の制作テーマとして、これまでに「南伊豆」「工業用巨大プラント」「電気のある風景」「巡礼」「尾瀬」などの作品群がある。そのほか、色鉛筆画材の研究にも取り組んでいる/著書など=「坂東巡礼ー三十三観音と心の法話(坂東札所霊場会監修)」(2014年)/「西国巡礼ー三十三所の歴史と現代の意義(西国三十三所札所会監修)」(2017年)がある。また、関西ペイントが販売する「しっくい丸シート・西国三十三所草創1300年記念版 33種」ならびに西国三十三所巡礼地図/3年カレンダーにイラストが採用されている。